形態解析研究における統計設計の考え方: Python を用いた実践的アプローチ
はじめに
形態解析研究において「どの統計手法を選択するか」ではなく、どのように比較を設計するかという観点から、Python を用いた実践的な統計解析の考え方を整理したものである。
形態解析では、測定値そのものよりも、何を単位として比較しているのかが不明確なまま解析が進められることが多い。
ここでは、少数症例・探索的研究という現実的条件を前提に、医学研究において破綻しにくい統計設計について述べる。
1. なぜ形態解析では統計が問題になりやすいのか
形態解析研究では、以下のような特徴が統計的解釈を難しくする。
- 症例数が少ない
- 分布が歪んでいることが多い
- 外れ値が生物学的意味を持つ
- 「差が出ない」結果が頻発する
さらに、細胞単位で大量の測定値が得られるため、n が大きいように錯覚しやすいという問題もある。
この点を整理せずに解析を行うと、統計的に意味のない結果を過度に強調してしまう危険がある。
2. 「測定単位」をどこに置くかという問題
形態解析において最も重要なのは、独立した測定単位は何かを明確にすることである。
細胞、視野、切片、症例は同一ではない。
たとえ1症例から1000細胞を測定したとしても、統計的な独立単位は「症例」であることが多い。
細胞数をそのまま n として扱う解析は、擬似的に検出力を高めているだけであり、生物学的な解釈を誤る原因となる。
形態解析では、
- 症例ごとの代表値(中央値など)を用いる
- 症例間比較として解析する
といった設計が現実的である。
3. 正規性を仮定しないという現実的選択
医学系の形態データにおいて、正規分布を厳密に仮定できる場面は多くない。
正規性検定を形式的に行い、p 値に一喜一憂することは、本質的ではないことが多い。
むしろ、分布そのものを可視化することが重要である。
そのため、本稿ではノンパラメトリック検定を前提とした設計を基本とする。
4. よく用いる検定の使い分け(最小限)
形態解析研究において、頻用される検定は限られている。
- Mann–Whitney U 検定
2群比較に用いる。分布の形状に頑健である。 - Kruskal–Wallis 検定
3群以上の比較に用いる。
有意差が認められた場合に、事後比較を検討する。 - ANOVA
尺度が離散的で、分布が比較的対称な場合に限り使用する。
重要なのは、
検定法そのものよりも、なぜそれを選んだかを説明できることである。
5. Python による可視化と統計
R でなくてよい理由
私は、Python を用いた可視化と統計解析を基本としている。
使用する主なライブラリは以下である。
- pandas
- scipy.stats
- seaborn / matplotlib
形態解析においては、
p 値よりも 分布の形状を示す図 が重要である。
boxplot や violinplot は、
中央値・ばらつき・外れ値を直感的に把握でき、
査読者に対する説明力が高い。
統計検定は、
可視化された結果を補足する情報として位置づけるのが適切である。
6. 「差が出ない」結果をどう扱うか
形態解析では、統計的有意差が得られないことも多い。
しかし、それは必ずしも失敗を意味しない。
- 分布の傾向
- 効果量
- 個体差の大きさ
これらは、生物学的に重要な情報である。
論文化においては、「有意差がない」ことではなく、どのような分布であったかを記述する姿勢が求められる。
総括
形態解析研究における統計は、手法の選択ではなく 設計の問題 である。
Python を用いた可視化と簡潔な統計解析は、この設計思想と親和性が高く、研究の透明性と説明可能性を高める。
効果量と分布をどのように論文で記述するか
形態解析研究では、統計検定の結果として
「有意差があった/なかった」という記述に終始してしまう例が少なくない。
しかし実際には、形態データの本質は p 値ではなく分布そのものにある。
本記事では、形態解析研究において
効果量と分布をどのように解釈し、どのように論文中で表現すべきかについて整理する。
前稿で述べた統計設計を前提とし、実務的な記述指針に焦点を当てる。
1. なぜ p 値だけでは不十分なのか
p 値は「帰無仮説のもとで、この差が偶然に生じる確率」を示す指標であり、
差の大きさや生物学的意味を直接表すものではない。
形態解析では以下の状況が頻発する。
- 症例数が少なく、有意差が出ない
- 分布が広く、ばらつきが大きい
- 一部の症例が強い影響を与える
このような場合でも、
分布のシフトやばらつきの変化は、
生物学的に重要な意味を持つことがある。
2. 効果量とは何を表すものか
効果量は、群間差の大きさを定量的に示す指標である。
統計的有意性とは独立した概念であり、
「どの程度違うのか」を示すために用いられる。
形態解析においては、
- 平均値差
- 中央値差
- 分布の重なり具合
といった観点が重要であり、
効果量はそれらを補助的に表現する役割を持つ。
3. 形態データで「差が小さい」とはどういうことか
形態データでは、
効果量が小さい=意味がない、とは限らない。
例えば、
- 細胞面積がわずかに増大する
- 形状比が一方向に偏る
といった変化は、
組織全体としては微小でも、
加齢や病態の初期変化を反映している可能性がある。
重要なのは、
その差が どの文脈で解釈されるのか である。
4. 分布を記述するという姿勢
形態解析研究において、
分布を示す図は結果の中心である。
- boxplot
- violinplot
- swarmplot
これらは、中央値、ばらつき、外れ値を同時に示すことができる。
論文中では、
「○○群では分布の上方シフトが認められた」
「ばらつきが増大し、個体差が拡大していた」
といった記述が可能であり、
これは単なる p 値の記載よりも多くの情報を含む。
5. 「有意差なし」をどのように書くか
査読で問題になりやすいのが、
「有意差がなかった結果」の扱いである。
避けるべき表現は、
「有意差は認められなかった」
のみで終わる記述である。
代わりに、
- 分布の傾向
- 中央値の位置
- 個体差の広がり
を併記することで、
結果の意味を適切に伝えることができる。
6. 効果量と分布を組み合わせた記述例
以下は形態解析論文で用いやすい表現例である。
- 「中央値は増加傾向を示したが、個体差が大きく統計的有意差には至らなかった」
- 「分布の裾が拡大しており、一部症例で顕著な変化が認められた」
- 「効果量は小さいが、一方向性の変化が一貫して観察された」
これらは、
探索的研究として誠実な記述であり、
査読上も受け入れられやすい。
総括
形態解析研究では、
効果量と分布を記述すること自体が結果である。
統計検定は結論を支える補助的要素にすぎず、
データの構造をどのように言語化するかが、
研究の説得力を左右する。